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日本庭園 
​Japanese Garden

 

文化、宗教、哲学などからの思想を背景とした意匠によって、日本独自の空間芸術としての造りだされたもの

海外で日本庭園が初めて造られたのは,約120年以上前に遡る。当時、欧米で開催された国際博覧会において、日本政府が日本文化を紹介するために、美術工芸品の展示と合わせて庭園を造営した。日本庭園の持つ優れた文化性・芸術性は多くの国々を魅了し、日本の都市と姉妹都市を結んだ街に、友好のシンボルとして日本庭園が造られた。現在、世界中に500以上の日本庭園がある

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古くは『日本書紀』『万葉集』などに庭園の記述があるが,現存する遺構では平城宮南東隅庭園跡(平城宮址)が最古である。平安時代には神泉苑など大規模な池を中心とする庭園がつくられ,名所の景色を模造することも流行した。寝殿造の南庭に池,橋,築山などが築かれて舟楽(ふながく)が催され,平等院鳳凰堂や平泉毛越寺などでは浄土庭園と呼ばれる形式の庭がつくられた

鎌倉・室町時代には石と白砂を利用して禅的な空間を表現した観賞本位の石庭が流行(禅),その典型が龍安寺や,大仙院の方丈庭園などにみられる枯山水である。安土桃山時代になると,二条城二の丸,醍醐寺三宝院などに豪快な意匠の庭園が構築された

一方それらとは対照的に,小さな空間を利用した茶庭も盛んにつくられ,大徳寺孤篷庵庭園(こほうあんていえん),慈光院庭園などが知られる。江戸時代には池の周囲に茶室や書院を配置し,園路を通じて散策する回遊式庭園が造営された。桂離宮,修学院離宮はこのような形式が最も完備した遺構。また幕府や諸藩によっても回遊式の大庭園が築かれ,東京の浜離宮恩賜庭園,岡山の後楽園,高松の栗林公園,金沢の兼六園,熊本の水前寺成趣園などが公園として残っている

引用:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「日本庭園」
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